【書評】昭和16年夏の敗戦

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)単なる戦争史ではない。 会社人である自分の姿を重ね合わせ、感情移入して読んで、心の中に燃え立つものが残る読後感。

太平洋戦争は昭和16年12月8日に開戦し、昭和20年8月15日に終戦した。 では、開戦前の夏に敗戦・・・とは、どういう意味なのか。 本書の裏表紙には、こう書いてある。

緒戦、奇襲攻撃で勝利するが、国力の差から劣勢となり敗戦に至る・・・。 日米開戦直前の夏、総力戦研究所の若手エリートたちがシミュレーションを重ねて出した戦争の経過は、実際とほぼ同じだった! 知られざる実話をもとに日本が「無謀な戦争」に突入したプロセスを描き、意志決定のあるべき姿を示す。

現東京都副都知事の猪瀬直樹氏による本書は、誰が悪いだの、ああしておけば良かっただの、そんなタラレバな内容でもなければ、単純な開戦や敗戦の分析でもない。 目次は至ってシンプルな3章構成で、巻末に勝間女史と著者との対談がオマケでついている。

  • プロローグ
  • 第1章 三月の旅
  • 第2章 イカロスたちの夏
  • 第3章 暮色の空
  • エピローグ

単なる歴史としてしか知らなかった開戦、そこに至るまでの担当者レベルの軍人や文官、将軍、首相、天皇陛下、そうした人々が、それぞれの思惑で、それぞれの役割を全うしていく。 そして開戦・・・。

今から考えるとそのような緊迫感と日常の仕事とがちっとも結びついていなかったのがむしろ不思議にさえ思う。

~中略1.危機的状況の把握~

という概念にみながとらわれていたにもかかわらず

~中略2.自身の属する組織や他の組織~

をみてもたいへんなことになりそうだといっても、だからどうしようというような動きはみられなかった。

~中略3.取るべき対策~

それがいったい、時期的にはどう間に合うのか、間に合わない時にはどうなるのか、そのへんはいっこうにまとまった話にはなろうとしていなかったように思う。

これではまるで、倒産した会社の従業員の言葉じゃないか。 正直に言わせてもらうが、感情移入して読み込んでしまった所だ。

この中略1~3には、機密情報である軍の燃料を管理する部署の人が、世界情勢や戦争のことなどを考えながら、資源不足への対応を考えている、という内容の文章が入るのだが、緊張感の欠如、無責任体質、甘い現状分析、数字遊びの報告、これに意地や信念が加わる・・・。

こうした言葉を並べてみると、本書は戦争に関する本とは思えない。 そう、企業でも似た状況は起こり得るし、起こっているし、危機的状況にもなるし、倒産もしているのだ。

こうした状況を打破すべく、高い理念をもって総力戦研究所を創設し、将来を託せる中堅どころを集めて徹底的に鍛え、考えさせたのだ。 その結果もしかるべき時に、しかるべき相手に報告もなされた。

しかし戦争は起こってしまった。 そして、原爆をのぞき、ほぼ想定通りに敗戦へと突き進んでいったのだ。

国際社会の大きなうねりの中で、同時並行した小さな判断の岐路が、法的・社会的な環境とも複雑に絡まりながら、気がついたら手詰まりになっていた。

今にして思えば、大勢の意見や資料にあたれば、自分達が茹で蛙に陥りつつあったと言えたろう。 しかし、その時、その瞬間を生きていた彼らは、気づかないうちに袋小路に立っていた。

歴史は繰り返す。 戦争は起こらないが、本書に描かれている茹で蛙になら、形や姿を変えていくらでも繰り返されるだろう。

茹で蛙にならないために何ができるか? 自分が、自分の属する組織の、「総力戦研究所の研究生」になってやる、そのくらいの気持ちが必要なんだろう。

開戦に至るまでの人々の葛藤も、ドラマのような臨場感で読み応えのある本書。 ビジネス書としてもおすすめしたい一冊。